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山口地方裁判所下関支部 昭和38年(ワ)7号 判決 1963年5月29日

原告 弘重定一

被告 杉原義文

主文

被告は原告に対し金九万四千三百五十円及びこれに対する昭和三八年二月五日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担としその余を被告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告に対し金二一四、三五〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として「原告は弁護士であるが、昭和三三年一一月上旬頃被告より被告及びその実母サヲ共有の下関市上田中町一七番の六九宅地三八坪六合五勺及び同地上所在木造瓦葺二階建住家総坪数四七坪二合五勺(以下本件宅地建物と略称する。)についてなされている訴外杉原幾太郎、同下関金融株式会社の各不法登記(所有権移転登記等)の抹消につき訴訟等によるその法律事務処理を依頼され、原告もこれを受任し同事務処理に対する報酬としては被告において通常の金額に基く着手金及び成功謝金を支払う定めであり、且つその際併せて、原告は被告から被告の実父訴外杉原清一郎の生活上必要な費用の一時立替を依頼され原告もこれを受諾し、なお右立替金は本件宅地建物について右訴訟で勝訴判決を得た暁、その各不法登記を抹消した後同不動産を被告において他に売却してその代金で原告に支払う旨の定めであつた。

そこで原告は右委任の本旨に従い先ず下関簡易裁判所に対し調停の申立をなした後、その効なく解決に至らなかつたので間もなく前記登記抹消の訴訟を提起し、昭和三四年九月一四日の第一回口頭弁論期日より必勝の確信をもつて順次回を重ね昭和三六年七月七日の第一四回口頭弁論期日に臨んだところ意外にも原告に何の諒解も求めない儘、被告の右訴取下書が裁判所に提出され同訴訟が取下げになつていることを知り、原告も被告の右不信行為に驚いて直ちに被告の真意をただしてみたがそれに対しても被告から何等の回答もなく、所詮前記委任関係は同委任事務処理の履行不能により終了するに至つた。

ところで原告は(一)前記訴の提起のため同訴状貼用印紙代として金四、三五〇円を被告のため立替え支払い、(二)本件宅地建物の評価額合計金六〇九、八〇〇円に対する約百分の五である金三万円が前記約旨に副つた通常の着手金の額として相当であり、(三)原告は被告の右訴の取下げにより右訴訟物の時価少くとも一五〇万円の約一割以下である金一〇万円相当の成功謝金分だけその得べかりし利益を喪失し、同額の損害を蒙り(四)被告の実父訴外杉原清一郎が昭和三三年一二月二九日詐欺の疑で検察官に取調べられた際同被疑事件解決のためその被害者訴外檜垣ヨシ子に対し同被害金の一部として金二万円を前記約旨に従い原告が立替支払い(五)原告は又右杉原清一郎の下宿代の一部として金四万円を前記約旨に従い同下宿屋の主人に対し立替え支払つた。

なお右(四)(五)の立替金は全て被告の実父杉原清一郎の生活上必要なもので、前記受任の際の当初の約束では被告が勝訴判決を得た後本件宅地建物を他に処分してその代金で支払う定めであつたが、被告が前記訴の取下げにより故意に右条件の成就を妨げたので民法一三〇条に従い右条件はすでに成就したものと看做し、原告は直ちに右立替金の支払を被告に請求し得るものである。

よつて原告は被告に対し右(一)については前記委任事務処理費用の償還請求として、右(二)については委任契約上の報酬金として右(三)については被告の債務不履行又は不法行為に基く損害賠償請求として、右(四)(五)については約定立替金の償還請求として、以上合計金二一四、三五〇円と、これに対する本訴状送達の日の翌日より支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。」と述べた。

被告は適式な呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他準備書面を提出しない。

理由

よつて被告は原告の本訴請求原因事実を全て自白したものと看做すべく、且つ被告に対する本訴状送達の日の翌日が昭和三八年二月五日であることは一件記録上明白であるところ、右事実によると原告の本訴請求の内前記(一)、(二)、(四)、(五)は全て正当であるからこれを認容する。

しかしながら前記原告の本訴請求の内(三)、つまり金一〇万円の成功謝金相当の損害金請求については原告の主張事実自体に照らし法律上相当問題があるので以下この点について判断する。元来民事裁判は権利保護の必要がある当事者の利益のために存し、当事者はそのためにのみ憲法上も裁判を受ける権利が保障されている訳で、そのことは反面具体的な場合に一旦提起した訴訟でも、特に相手方当事者の同意を得る等訴訟手続上の制約に則る限り、右訴を取下げることは事由の如何を問わず、一般的には訴訟追行権能を専有する当事者の自由に属し、又弁護士たる右訴訟受任者(原告)は依頼者たる当事者(被告)の右本旨に従つてのみその受任事務たる訴訟継続をなすべきが弁護士法の建前でもあり、自らの報酬確保のため当事者の意に反してまで右訴訟継続をなすようなことは所詮第三者の利益のため、無用な訴訟を維持させる結果ともなり、仮に当事者間にそのような契約がなされたとしてもこれは右民事裁判制度の本質に反し、延いては公の秩序善良の風俗に反するものとして無効とすべきもので(大審院昭和一四年一一月一七日判決民集一八巻一二五〇頁参照。)、従つて又本件委任者たる被告は、たとえ当該委任に際し同訴訟で勝訴の判決を得た場合には受任者たる原告に対し、相当程度の成功謝金を支払うべき旨の約束をしていたとしても、右訴の取下げによつて右条件の成就を妨害し或いは原告の期待権を侵害したものとして原告に対し右訴の取下げ自体に基く損害賠償責任を負担することもないものと認めるのが相当である。(権利の行使として右行為の違法性が阻却される。)このことは又一般の委任契約において委任者は何時にても当該契約を解除し得ることにも適合するものと解する。(もつとも被告の本件訴の取下げが事前又は事後において適切に受任者たる原告に通知されなかつたこと、その他同取下の時期等に基く責任の有無、又損害発生の有無は別論である。)

従つて原告の本訴請求の内右損害賠償請求の点はその主張自体理由なきものというべきである。

よつて被告は原告に対し原告の本訴請求金の内前記(一)、(二)、(四)、(五)合計金九四、三五〇円及びこれに対する昭和三八年二月五日より支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきで、原告の本訴請求はその限度で理由があり、原告その余の請求(内二万円は計算違い)は失当であるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条を適用した上主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺伸平)

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